2009年04月06日

タンポポのむすめさん

少し暑いくらいの日のことでした。

ひよこぶたはかたい地面からしゃっきりと立つ、タンポポのむすめさんに会いました。

ほかのタンポポたちはもうとうに咲き終わって、わたげの子どもたちを送り出したあとでしたので、ほとんど枯れていなくなっていました。
そのタンポポのむすめさんはというと、少しばかり咲き遅れてしまったのでした。

私もお母さんになれるのかしら。

黄色い頭を揺らしながらそう言ったタンポポのむすめさんは、いつか森で見た別のタンポポのむすめさんに似ていました。
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posted by きたがわなつみ at 07:50| ひよこぶた

2008年10月30日

もつれ

  ある世界のあるところのある時代でのある男女の話。
 
 あまり豊かではない村に暮らす、ひとりの娘とひとりの青年。娘は青年が大好きで大切で。青年もまたそう思っていたのです。ですから、二人がやがて結婚するのは当然のことと村の皆は思っていたのでした。
 
 しかし、娘はある日、たまたま村にやってきた伯爵様に見初められ、あれよあれよという間にお嫁入が決まってしまったのです。娘ははっきりとは態度に示しませんでしたが、心では嫌だと思っていました。伯爵様は素敵なひとでしたが———、娘はやっぱり青年が大好きで愛おしくてたまらなかったのです。
 そして青年はといいますと、何もできずにいました。伯爵様はいいひとでしたし———なによりお金持ちでした。一方青年はというと、お世辞にも余裕のある生活を送っているとは言えませんでした。ですから、自分なんかと一緒になるより伯爵様といっしょになる方が娘にとってよいことなのではないかと、そう考えてしまっていたのでした。そして、もう一つ、何もできずにいた理由は、村のことでした。伯爵様は「親戚となる人々が住むこの村に援助を惜しまない」と村長たちに約束してくださっていたのです。それは青年が100年がんばっても実現できそうもないことでした。村長たちに娘をあきらめるよう言われて、青年はそれを了承してしまったのでした。
 
 娘は青年と話をしようとしました。けれど、青年は何かと理由を付け、娘を避けていました。娘は途方に暮れました。青年が「行くな」と言ってくれるとばかり思っていたのです。娘は青年さえいいと言ってくれれば駆け落ちさえいとわない気持ちでいたのでした。
 
 そして結局、娘は青年とまともに話もできないまま、伯爵様との婚礼の日を迎えました。
娘は式の参列者の中に、祝いの宴の参加者の中に青年を探しましたが、その姿を見つけることはできませんでした。
 
 娘は伯爵の妻となり、新しい日々が始まりました。
 娘は初めの方こそ青年を想い、度々隠れて泣くようなこともありましたが、季節が移ろいゆくごとに、それもなくなっていきました。時の流れと、伯爵のやさしさが娘のかたくなだった心を溶かしていったのでした。やがて娘は伯爵とのあいだに息子を授かり、母となりました。そして娘がようやく伯爵の妻と自分から名乗れるようになったころ、悲しいことが起こりました。
 伯爵が死んでしまったのです。
 それは、不幸な事故でした。誰を責められようもない、不幸な事故でした。
 伯爵の妻は多いに悲しみました。しかし、いつまでも泣いてもいられませんでした。世の中に、戦争という暗い影が迫ってきていたからです。
 
 伯爵が亡くなってからしばらくした後、女のもとに一人の男がやってきました。
 あの青年でした。
 伯爵が亡くなったことを知り、もう一度娘と支えあいたい、とやってきたのでした。
 女はそれを拒みました。妻はもうあの時の「娘」ではなかったからです。女はやさしかった伯爵の妻であり、その息子———いえ、一人の子の母でもありました。女は言いました。
「あなたには私の守りたいものは守れないでしょう。」
 男も女のその一言で女の心を悟りました。そして後悔しました。
『遅すぎた』と。
いつなら間に合ったのかそれはもう分かりませんが、それが今ではないことだけは確かでした。
 
 かつての青年は去っていきました。
 かつての娘は我が子の安らかな寝顔を眺めながら、この先のことを考えるのでした。
 もうすぐ夏のことでした。
 
 やがて戦争が始まりました。
 戦場から遠い、女の住んでいるところにもその影響は大きなものでした。女は伯爵家と息子とを守るために奔走しました。
 
 秋が終わり、冬の気配が近づく頃、疲れた女のもとへ一通の手紙が届きました。
 あのかつての青年が死んだ。とのことでした。
『名誉の戦死』と。
 あの男の母からの手紙でした。そこには男の言葉も書かれていました。
『国を守ることがあのひとたちを守ることにもつながるから』
 
 戦争は偶然にもその日、終わりました。
 
 娘は少し泣きました。
 少し泣いて、また、新しい日々を歩き始めました。
posted by きたがわなつみ at 12:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 突発SS

2008年06月25日

走馬灯

     踏み外した。そう思った瞬間には体は宙に躍っていた。周りがスローモーションに見える。ウソ、マジ。死ぬの。音は聞こえないけれどさっきまで私がいた屋上で誰かが叫んでいるのがわかった。

     まあ、いいか。部屋の片付けとかしてないけど。日記なんてつけとくんじゃなかったな。読まれたら恥ずかしいな。あ、読む人もいないか。疲れたから、いいや。
落ちていく中で見えた空は晴れているのに灰色だった。

     気がついた時、ここが天国でないことは分かった。目の前には蛍光灯と白い無機質な天井があった。おまけに薬くさい。なんだ。死ななかったんだ。ちょっとがっかりしたような、安心したような変な気分になった。けれどどこかおかしい。どこも痛くない。声も出ない。さらにおかしいことに、私が寝ていたのは長椅子の上だった。てっきり病院のベッドの上かと思っていたのに。まぁ、病院だろうとは思うけど。薬くさいもん。起き上がって周りを見渡すと、二つとなりの大きな扉近くの長椅子のところで男の人が落ち着かなさげな様子でそわそわと立ったり座ったり歩いてみたりしていた。その横で小さな男の子もちょこんと座っている。

     気になったので近づいてみたけれど、男の人も男の子もこちらに気付く様子はない。もしかしたら見えてない?私、やっぱり死んでるのかも。幽霊ってやつ?それにしてもこういう様子、どこかで見たことある。絶対あれーーー。

     ほぎゃあ、ほぎゃあ。
     ほら。やっぱり。

    扉の向こうから元気な泣き声。男の子はまだ小さいからよく分かってないのかもしれない。
少しびっくりしたのかきょとんとしている。それに比べて嬉しそうな、ほっとしたような男の人の顔…。…あれ?どうしてだろう。顔だけがぼやけてよく見えない。

     扉から女の人が出てきて、
「おめでとうございます。元気な女の子ですよ。」
と言った。
「ありがとうございます!あの、この子も一緒に今会えますか?」
男の子を引き寄せて男の人は言った。
「はい、どうぞ。」
女の人はにっこりと笑った。男の人は男の子の手を引いてそれは嬉しそうに扉の奥へと入っていった。私もつられて入っていってしまった。

     奥には当然看護婦さんらしき人たちと母親と、赤ちゃんがいた。いや、正確にはいるはずだ。私のいる位置からだと赤ちゃんの姿がまるで見えない。ついでに言うと母親の顔も男の人と男の子と同じようにぼやけてよく見えない。
「あなた、ようちゃん。」
母親は男の人—赤ちゃんの父親と男の子に手を伸ばした。父親はすかさず駆け寄ってその手を握り返した。
「がんばったな!よくがんばった…!」
父親は今にも泣きそうだ。
「ようちゃんもほら、おいで。」
男の子はいつもと少し違う母親の様子に戸惑っているのか、おずおずと小さな手を伸ばした。父親は一度母親の手を離してその小さな手を包み込むように一緒に優しく握り直した。
「ようすけ、お前、おにいちゃんになったんだぞ。」
男の子の表情はまだ少し硬い。

     「看護婦さん、赤ちゃんを抱かせて。」
「はいはーい。ちょっと待ってくださいね。はい。とっても元気なお子さんですよ。」
看護婦はきわめて明るく赤ちゃんを母親の胸に抱かせた。
「ほうら、はじめまして、おとうさんとおにいちゃんですよ。」
赤ちゃんは、しわくちゃで、真っ赤だ。私は今のところこれを素直にかわいいとは思えない。でも、こういうシーンはやっぱりちょっと感動する。男の子は恐る恐る小さな手をさらに小さな手の前に差し出した。ぎゅう、と、赤ちゃんは男の子の指を握った。
「うわあっ。」
やっと男の子の表情が和らいだ。
「ねぇねぇ、なまえはどうするの?」
「ふふふ、前に話し合って決めたでしょう?」
「えー?そうだっけ?」
「そうよ、ねぇ、おとうさん。」
「ああ、そうだぞ。この子の名前は———。」
それが聞こえたとたん、3人の顔がはっきり見えた。これは、私の———

     突然床がなくなって、また私は落ちていった。

     ばさばさ、ばきべきぼきぽきっ。ものすごい音と衝撃を全身で感じた。植物と土と血のにおいがする。体中が痛い。痛いなんてもんじゃない。人の悲鳴やざわめきが聞こえる。痛みと何かが混じった涙が出る。

     ああ、生きてる———。

     見えた空は青かった。
posted by きたがわなつみ at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 突発SS